妻が看護師で良かった事
父が脳梗塞で倒れ、約3か月にわたる治療と懸命なリハビリの末、
1月中旬に退院しました。
脳梗塞で後遺症が残った場合、退院してから第2の闘いが始まります。
それはまさしく「日常生活との闘い」と言えるもので、
今まで普通に出来た全てのことに大変な苦労を要するわけです。
母と、同居する妹夫婦には物理的負担をかけており、申し訳ない気持ちですが
僕は僕で家族の精神的な部分を支えていこうと思っています。
(各々がかなりストレス溜まっているようで、普段から聞き役を担ってます・・)
妻が看護師で良かった事
さて、これは特に今の僕の個人的境遇から感じた事ですが、
父の脳梗塞にあたって、妻が看護師で良かったと今回深く感じました。
妻は脳神経外科病棟勤務で、まさしく“父のような患者”の看護をしています。
なので実地経験と知識はそのまま父に役立つことばかりです。
家族としてこれほど心強いことはありません。
具体的には以下のような事です。
・現状のちょっとした不安を相談しアドバイスをもらえる
・現状からこれから取り組むべき事など今後の見通しを教えてもらえる
・普段見ている患者さんと照らし合わせて意見をくれる
→「よくある普通の事だから大丈夫」といった言葉の重みとありがたみが違います。
・何かあった場合勤務している先生に聞いてもらえる
最後に、今回父が退院前約2か月入院していた「リハビリ病院」は、
妻の勤務病院関連だったので、個室料金などで“家族割引”を適応出来ました。
医療従事者の存在は本当にありがたいと再確認
今回の父の案件もありますが、このコロナ過での医療従事者もそうですが、
それら一連を通して、改めて医療従事者の存在のありがたさを感じました。
それは、怪我や病気といった人間の根源的に大切な部分と、
それにまつわる本人や家族、周りの人たちの「気持ち」にも関連してくる事です。
「診る」というハード面と「安心」というソフト面に係わってくるとでも言うか。
コロナでもそうですが、医師や看護師が居なければ、
物理的にワクチン接種も進まない訳ですし、
また彼ら彼女らがいてくれるからこそ、一般の人の安心感も得られる訳です。
それは小さな子供を持つ親にとっても、年老いた親を持つ子であっても、
また自分自身にとっても、古今東西老若男女、誰にとっても同じく言えることだと思います。
それって凄くないですか!?
もちろん悪い人もいる訳ですがそれは置いといて、
ありがたい存在であることには違いない。
少し大げさな話しになってきましたが、心からそう思います。
普段、健康で元気に過ごせるのは医療従事者がいてくれるからこそ、という
当たり前の事を忘れていたのかもしてません。
コロナ報道でもクローズアップされましたが、改めてその存在の重みを
認識するべきだと思います。
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